東京地方裁判所 昭和49年(ワ)7043号 判決
原告 陳鳳鎬
原告 エヌ・ビー・シー株式会社
右代表者代表取締役 村松通男
右原告ら訴訟代理人弁護士 岩切誠
被告 高梨工機株式会社
右代表者代表取締役 高梨一夫
右訴訟代理人弁護士 庵治川良雄
主文
一 被告が、訴外池昌男に対する東京地方裁判所昭和四五年(ワ)第一一、九二五号建物明渡請求事件の執行力ある判決の正本に基づき、昭和四九年八月一三日別紙目録記載第二六および第二八記載の物件についてなした強制執行は、これを許さない。
二 原告陳鳳鎬の請求は棄却する。
三 訴訟費用中、原告陳鳳鎬と被告との間に生じたものは、原告陳鳳鎬の負担とし、原告エヌ・ビー・シー株式会社と被告との間に生じたものは、被告の負担とする。
四 本件について、当裁判所が昭和四九年八月二四日になした原告エヌ・ビー・シー株式会社のための強制執行取消決定は、これを認可し、原告陳鳳鎬のための強制執行取消決定は、これを取消す。
五 この判決は前項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(原告陳鳳鎬)
1 被告が、訴外池昌男に対する東京地方裁判所昭和四五年(ワ)第一一、九二五号建物明渡請求事件の執行力ある判決の正本に基づき、昭和四九年八月一三日別紙目録記載の物件(番号第二六および第二八号記載の物件をのぞく)についてなした強制執行を許さない。
(原告エヌ・ビー・シー株式会社)
2 主文第一項と同旨。
3 訴訟費用は、被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 被告は、訴外池昌男に対する東京地方裁判所昭和四五年(ワ)第一一、九二五号建物明渡請求事件についての執行力ある判決の正本に基づき、昭和四九年八月一三日東京地方裁判所執行官麻生一雄をして別紙目録記載の物件を差押えさせた。
2 しかしながら目録二六および二八記載物件をのぞく各物件は、原告陳鳳鎬がつぎのとおり所有するものである。
(一) 目録一および二二 昭和四五年ころ、布川古道具店から購入。
(二) 目録二ないし五、一一 昭和四九年三月ころ山本某から譲受。
(三) 目録六および七 昭和四六年ころ、松坂屋デパートで購入。
(四) 目録八ないし一〇、一二ないし一五、一八ないし二〇、二四および二五 昭和四六年ころ柳原時男から贈与を受ける。
(五) 目録一六および一七 昭和四九年三月ころ、株式会社小林から購入。
(六) 目録二一および二三 昭和四八年三月ころ速水公一から贈与を受ける。
(七) 目録二七 昭和四九年五月ころ柳原時男から購入。
(八) 目録二九 昭和四六年九月ころ、松栄工業株式会社から五〇万円で購入設置。
3 目録二六および二八記載の物件は原告エヌ・ビー・シー株式会社が、昭和四九年春ころ訴外日本電子興業株式会社から譲り受け、所有権を取得したものである。
4 よって原告らは被告が、目録記載の各物件についてなした右差押の排除を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実は、認める。
2 同2(一)ないし(八)の事実は、否認する。
3 同3の事実は、否認する。
三 抗弁
1 被告は、仮処分債権者として、昭和四九年七月二〇日訴外池昌男に対する東京地方裁判所昭和四五年(ヨ)第九〇二三号の仮処分決定正本に基づき東京地方裁判所執行官麻生一雄をして、本件目録記載の物件が在する東京都大田区東六郷一丁目二七番三二号の建物の占有状態を点検なさしめた際、原告陳鳳鎬は、池昌男の使用人として応待し、同執行官および債権者代理人であった本件被告代理人に対して、本件各物件は、いずれも池昌男の所有するものであると陳述した。
2 そこで、被告は、右陳述に基づき本件各物件が池昌男の責任財産であると信じ、被告の池昌男に対する東京地方裁判所昭和四五年(ワ)第一一九二五号建物明渡請求事件の執行力ある判決の正本に基づき右池昌男の損害金債務の履行を求めて、本件各物件を差押えた。
3 ところが、原告陳鳳鎬は、前言を飜して、目録二六および二八をのぞく目録記載の物件について、本訴を提起したものであるが、右の経過に照らし、原告陳鳳鎬が、第三者異議の事由として所有権を主張することは、信義誠実の原則に反することであって許されるべきではない。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は、認める。
但し、池昌男の指示によって、被告主張な陳述をしたものである。
2 同2の事実のうち、前段の事実は不知、後段の事実は認める。
3 同3の主張は、争う。
第三 証拠≪省略≫
第四 本件については、当裁判所は、昭和四九年八月二三日当庁同年(モ)第一二〇八三号事件において強制執行取消決定をなした。
理由
一 請求の原因1の事実は、当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を綜合すると、昭和四五年一二月一日東京地方裁判所執行官麻生一雄は、被告も仮処分債権者とする当庁同年(ヨ)第九〇二三号仮処分決定に基づき、大田区東六郷一丁目二七番三二号所在の建物につき仮処分債務者池昌男の占有を認めたうえ、占有移転禁止執行官保管の仮処分の執行をなし、その後、昭和四九年七月二〇日右執行官および債権者代理人である本件被告代理人が右建物の占有状態を点検した際、原告陳鳳鎬が右池昌男の使用人として応待し、右執行官および被告代理人に対して右建物内に在する物件は、すべて池昌男の所有物であって、同所に表示された東邦工業株式会社なる会社は、設立登記のない名称だけのもので、すべて池昌男がなしていることである旨陳述したこと(原告陳鳳鎬が、右の応待、陳述をなしたことは、当事者間に争いがない。)、そこで、原告陳の右言動を信用した被告代理人は、同年八月一三日当庁昭和四五年(ワ)第一一九、九二五号建物明渡請求事件についての執行力ある判決正本に基づき昭和四四年一〇月一二日以降の家賃相当損害金一、七五八万三、五六九円の執行のため、本件物件につき差押をなしたこと、右仮処分の点検後間もなく差押がなされ所在する物件には変動がなく、右陳鳳鎬の言動から執行債権者である被告代理人は、当然本件物件が池昌男の責任財産であると考える状況にあったこと、および右執行の基礎となった判決は、池昌男を被告とし、建物明渡、家賃相当損害金の支払を命ずる趣旨であって、後者については、仮執行宣言が付されている(昭和四八年五月二二日一審言渡、昭和四九年六月三日控訴棄却、昭和五一年二月一九日上告棄却)ことが認められ、これに反する証拠はない。
右の事実に徴すると、仮に本件における原告陳鳳鎬の主張が真実とするならば、原告陳鳳鎬は、前記執行官および債権者代理人を欺罔して、前記仮処分違反の事実を隠蔽し右池昌男および自己に対する仮処分違反に基づく不利な効果の発生を不法に回避し、それによって本件被告の前記池昌男に対する右建物明渡請求の実現を不法に遷延させたことになり、一方被告をして本件物件が池昌男の所有に属するものと誤信させて敢えてこれに対する執行を誘発せしめ、いたずらに時間と費用をついやさせたことになる。
右のごとき事情があるにもかかわらず、本件において原告陳鳳鎬をして第三者異議の事由としてその所有権の帰属の主張を許すことになると、虚偽の表示を信じた執行債権者に前叙の不利益を強いることによって、虚偽の表示をなした者を保護するという不公正な結果を招来することになるから、ひろく法律関係を規律する基本原理と解される信義誠実の理念に照らして前叙のような事情のもとに虚偽の表示をなした者は、禁反言によって右虚偽の表示を信じて差押をなすに至った当執行債権者に対しては該差押物件について所有権を主張することは、許されないものと解するのが相当である。
したがって、仮に、目録二六および二八記載の物件をのぞく目録記載の各物件が原告陳鳳鎬の所有に属するとしてもこれを理由として、本件差押執行の排除を求めることはできないものとする被告の主張は正当である。
三 ≪証拠省略≫を綜合すると、原告エヌ・ビー・シー株式会社が、ブラウン管再生を目的とする会社であって、昭和四九年五月二〇日ころ訴外日本電子興業株式会社から目録二六および二八記載のブラウン管を含むブラウン管約一万本を譲り受けたことが一応認められ、これを覆えすに足る証拠はない。
そうすると、原告エヌ・ビー・シー株式会社の本訴請求は理由があることになる。
四 以上のとおりとすると、原告陳鳳鎬の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、原告エヌ・ビー・シー株式会社の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、強制執行取消決定の取消認可およびその仮執行宣言につき、同法五四九条四項本文、第五四八条第一項、二項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 舟橋定之)
〈以下省略〉